#シチュ:劇の練習をすることになりました
「直枝、手伝いなさい」
寮長室に行くと、いきなり佳奈多さんから一冊の薄い冊子を渡された。
「なにこれ?」
「見てわからない? 劇の台本」
「へぇ……」
中をペラペラとめくると、ところどころ赤い線が引いてある。
佳奈多さんのパートかな。
「はぁ…文化祭で女子寮会・風紀委女子委員プラスαで演劇をすることになったのよ」
「まったくあーちゃん先輩は…もう」
いやまあ、演劇なんてあの寮長らしいと思う。
「それで佳奈多さんはどんな役柄なの?」
「私は…そ、その線を引いているところよ」
「……ツンデレラ?」
「そうよ」
言い捨ててそっぽを向く佳奈多さん。
素直になれずにいつも王子様につれない態度をするんだけど、最後の最後は素直になるらしい。
佳奈多さんにピッタリな役だ、なんて行ったら佳奈多さん…怒るだろうなぁ。
「ちなみに王子様役って?」
「葉留佳」
「あの子も張り切ってるし……失敗だけはしたくないの」
なるほど。
きっと葉留佳さんも出るから佳奈多さんも付き合うことにしたんだ。
けど、佳奈多さんの性格だ。
葉留佳さんの前で練習するのは気恥ずかしいからわざわざ僕と練習するんだと思う。
「普段はあーちゃん先輩と練習してるんだけど」
「……最後のシーンだけはあーちゃん先輩だと色々とうるさそうだから」
最後のシーンというと…告白シーンだ。
寮長なら『かなちゃん、可愛いわ~』とかそういうことをいいそうだ…。
「じゃあ、僕は王子様のセリフを読めばいいんだね」
「そうね。早速だけどいくわよ」
コホンと咳払いをする佳奈多さん。
『はぁ、まさか自分がこんなことを口にするなんて信じられないわ。』
さすがなんでもこなす佳奈多さんだ!
身振り、手振りまで付けた迫真の演技だ!
『一度しか言わない。いい、心して聞きなさい。』
佳奈多さんの凛とした瞳が真っ直ぐに向けられる。
…………。
……。
「直枝」
「――……え?」
「セリフ」
「あ…うわっ、ホントだ、ごめんっ」
すっかり佳奈多さんの演技に飲まれてしまった!
「いい、真剣にやってもらわないと練習にならないの」
「ご、ごめん」
「はぁ……わかったならいい。もう一回いくわよ」
「うん」
『はぁ、まさか自分がこんなことを口にするなんて信じられないわ。』
『一度しか言わない。いい、心して聞きなさい。』
そのとき、コンコンとノックの音がした気がした。同時に「理樹っち、野球しようぜー」とも聞こえたような……?
と、僕のセリフセリフと。また怒られちゃうよ。
『どうしたのさ、きゅうに?』
『最初はあなたなんて大嫌いだった。けど、今は……』
佳奈多さんが絶妙な間を取る。
まるで本当の告白を待っているかのような気分に襲われそうな上手さだ!
『あなたが好き。気がおかしくなるほど好き。あなた以外なんて好きになれないわ。』
『僕も……大好きだ。』
その途端。
「だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?」
驚愕の声が響き渡った!
って!?
「真人っ!?」
「え、井ノ原…!?」
ドアの方を見ると、真人が幽霊と宇宙人を同時に目撃したような表情で凍結していた!!
「おおおおおおお、おっ、おっ、おめぇら……」
「いつの間にかそんな関係になっちまっていたのかぁあぁあぁあぁあぁーーーっ!!」
「違うよっっっ!!」「違うわよっっっ!!」
反論が見事にハモってしまった!!
「んぐああああああああああああぁぁぁぁーーーっ!? もはや呼吸までぴったりじゃねぇかぁあぁあぁあぁあぁーーーっ!!」
――ぶちぶちぶちーっ
うわっ、真人が床でのた打ち回りながら髪の毛を引き千切り始めたっ!
「『気がおかしくなるほど好き』だってかぁぁぁぁーーーっ!!」
「んなっ!?」
――ボフンッ!!
真人がそのセリフを言った瞬間に佳奈多さんの顔が瞬間湯沸かし機も驚くほど真っ赤になった!
「ちちちちちちちちちちちが、ちが、ちがっ!! そそっそれはぁっ! ちがうのっ」
佳奈多さんが真っ赤になって大錯乱中だ!
「ちょちょちょちょっと、な、直枝っ!! アレあなたのでしょ!? はやくどうにかしなさいッ!!」
「う、うんっ」
「ままままっ、真人、聞いてっ、ね、聞いてよっ」
――ぴたっ。
「…オーケー…」
僕の言葉で、死んだような目をした真人がゆらりと立ち上がった。
「良かった……いい、ちゃんと聞いてね」
「……お邪魔虫はさっさと退散するぜ……」
「「へ?」」
いつもの3倍は縮んで見える真人がノソノソと背を向けた。
「……お幸せにな……」
――ガラガラ。ピシャッ。
閉まるドア。
『うおおおおおおおおぉぉぉぉ、理樹を二木にとられちまったああああああぁぁぁぁぁ…………――』
ズダダダダダダダダダダダダダァァァァーーーー……
廊下を『二木がオレの理樹に告白しやがったぁぁぁーっ!』とか言いながら大爆走する音が遠ざかってゆく。
「……」
「……」
僕と佳奈多さんはそれを唖然として見送っていたが……。
「な、直枝!!」
「あいつを早急に確保ッ!! そうしないと、そうしないと手遅れになるわっ!!」
もちろん、次の日には完全に手遅れだったことを痛感する僕たちだった……。