――2月14日、バレンタインデー。夕方。
ここは恭介の教室。
僕はバレンタインのお返しのことで恭介のところに相談に来たのだ。
教室には僕と恭介の二人っきり。
「――というわけで、男なら3倍返しと相場が決まっている」
「ええっ、みんなに3倍返しっ!?」
手元にならぶ、デコレートが効いた箱の山を見つめる。
「どれも愛情が篭ってるからな。男ならしっかりと受け止めるんだ、理樹」
「うあ…気が重いよ…」
「まあ、いざとなったら体で払うしかないんじゃないか?」
「ブフーッ!? なななな、なに言ってるのさ、恭介っ!!」
「はははっ、冗談だ」
笑いながら恭介が僕の肩を叩く。
「もうっ!」
「そう膨れるなって」
そうしていると。
――ガラガラガラ~
「二人ともこんなとこにいたのか」
教室の入り口に鈴が立っていた。
「どうした、鈴?」
鈴がツカツカと僕らの方へ寄って来た。
「ん」
購買のかざりっけのない茶色の袋を突きつけられた。
「これは?」
「例のブツだ」
「例のブツ?」
「んっ」
さらにグイッと僕に突きつけてくる。
「理樹、受け取ってやれよ」
「え、あ、うん」
受け取ると、なにやら固い物が。
「もしかして…チョコ?」
「うわわっ、ばかっ、そんな大きな声で言うなっ!」
辺りをキョロキョロと見回し、声を潜める。
「……誰かに聞かれたらどうするんだっ……」
「いや…そんな闇取引してるわけじゃないんだからさ…」
鈴のチョコ、実は楽しみにしてたんだよね。
自然と僕の頬も緩む。
「鈴、お兄ちゃんにはないのか?」
ビクリと鈴が反応した。
「う、うっさいっ! おまえの分なんかあるかーっ!!」
「…わかっちゃいたけどな…」
うわ、恭介から哀愁が漂いだしたよ!
「やっぱショックだよな……」
「う、うみゅ…」
「そ、それで二人分だっ」
プイッと腕組みをして顔を恭介から背ける。
「え、けど…」
中を見ると大きなチョコが一個だけ入っている。
「実は二つ作ろうと思ったんだが……作るとき、チョコを使いすぎて1個になってしまった…」
「悪いが二人で半分こして食べてくれ」
「じゃあ、確かに渡したからな」
鈴が踵を返し、出口へ向かう。
「鈴、サンキューな」
「ありがとね、鈴」
「う、う、うっさいわ、ぼけーーーーっ」
――タッタッタッタッタ!
「あいつ、叫びながら走って行きやがった…」
「相変わらず鈴は不器用なんだから…」
その様子を見て、二人で笑い合う。
「理樹、さっそく鈴のチョコを食わないか?」
「もう、仕方ないなぁ…」
こんな目をキラキラさせた恭介を見たら、ダメだなんていえないよね。
袋を開けると、見事なハート型のチョコが出てきた。
「鈴も腕を上げたじゃないか。20センチはあるぞ」
「そうだね」
けど……。
「じゃあ、半分に割ろっか」
「いや、待て理樹、早まるな」
「?」
「ハート型のチョコだぞ?」
「え、うん。見たまんまだよね」
恭介の真剣な眼差しが僕を射抜く。
「鈴がくれたハート型のチョコなんだぞ?」
「それを、割るのか?」
「え?」
「鈴のハートを、割るのか?」
「俺には鈴のハートを割るなんて…悪いがそれだけは出来ない」
うわっ、ワケがわからない兄バカっぷりだっ!
「なら、どうやって二人で食べるのさ…」
「そうだな…」
フムと頷く。
「理樹、ちょっとそっち持って」
「あ、うん」
ハートのチョコレートの左端を持つ。
恭介はチョコの右側を持っている。
「理樹は左から食べてくれ」
「俺は右から攻める」
「挟撃するぞ」
なるほど…。
二人で両端から食べていけば割らなくても食べれる……。
「って、いやいやいやいや!?」
「最初はいいけど、真ん中ら辺にいったらヤバいでしょっ!」
「別に俺は理樹なら――」
「口くらいついても構わないぜ?」
「ブフーーーッ!?!?」
「い……いやいやいやいや、僕が構うからぁーっ!!」
「理樹、顔が真っ赤だぜ?」
「きょっ、きょっ、恭介が変なこと言うからでしょーっ!!」
なななにを言い出すんだ、恭介はぁーっ!
「はははっ、冗談さ」
「も、もうーっ」
恭介、最近いじわるだっ!
「まあ、真ん中らへんになったら、じゃんけんでどっちかが食うことにしよう」
「それでいいか、理樹?」
「う、うん。それならいいけど…」
恭介がチョコの右側を持ち、机を挟んで僕が左側を持つ。
ちょうど僕らの真ん中に大きなハートのチョコ。
「OK、よし、二人で同時に食べ始めるぞ」
「うん」
「じゃあ、いっせいのーで」
突然。
――ガラガラガラ…。
教室のドアが開かれる音。
「……あの、恭介さん、直枝さん、ちょっと用事が――」
西園さんだと気付いたが、時すでに遅し。
――はむっ!
――ぱくっ!
僕と恭介は同時にハートのチョコにかじりついていた。
僕たちの目線の先では。
「…………………………」
西園さんが目をまん丸にして棒立ちしていた!
まるで赤道直下の島国から南極大陸に移動したかのような硬直っぷりだ。
……。
あれ……。
これって……。
もしかして……。
自分たちの様子を見る。
僕と恭介で二人で一個のチョコレートを持っている。しかもハートの。
僕と恭介はお互いに顔を近づけ、そのチョコにかじりついている。
傍から見ると、顔を近づけた僕らのシルエットもハートに見えているだろう。
…………。
……。
って!!!
僕と恭介は慌ててチョコから口を離した!!
「に、西園さん、こ、これはその、その、その、ちがうんだっ!!」
「ああ、そうだ、変な勘違いするなよっ!!」
「…………」
「これは僕と恭介がチョコをもらって、えっとその、二人で食べようって、だから、えっと!!」
「理樹の言うとおり、俺と理樹でいかにチョコを割らずに二人で食べれるかというゲームをしている最中なんだ!」
ああもうっ、自分たちでも何を言ってるのかわけがわからないっ!!
「…………」
「だから恭介が僕とその口がつくと、だから」
「キスはしたいが、それは事故を装ってだな……」
「…………」
「…………」
慌てる僕たちと対照的に西園さんは動かない。
「おい、西園、大丈夫か…?」
「西園さんっ」
すると、ようやく西園さんに変化が。
「…………じ」
「じ?」
ゆっくりと西園さんが腕を突き出し、その親指が立てられる。
「……GJ……」
「きゅぅぅ~~~~……――」
ばったん!!
「えええーっ!?」
「お、おい、西園!? 西園しっかりしろ!?」
「うわわ、鼻血で血だまりができてるよっ!?」
倒れた西園さんの顔はそれはそれは幸せそうな顔だった……。