#シチュ:寮長室にはいつものように理樹と佳奈多さんの二人。二人は付き合ってまもなく、手を繋ぐのが精一杯。だけど佳奈多は……。
――寮長室には佳奈多さんが書類にペンを走らせる音と僕がハンコをつく音だけが聞えている。
「――直枝」
突然、佳奈多さんから呼びかけられた。
「どうしたの、佳奈多さん?」
「私たち付き合ってるわけじゃない?」
佳奈多さんは僕を見ることもなく、ひたすら書類にペンを走らせている。
「そうだね」
「それなのに恋人らしいことは何一つしてないと思うんだけど」
「恋人らしいこと?」
まだ書類にひたすらペンを走らせている佳奈多さん。
けど、ちょっぴり顔が赤い。
もしかして…平静を装ってるのかなあ。
「そ。恋人らしいこと」
「手はよく繋いでるよ」
「そうなんだけど…」
佳奈多さんがフリーになっている左手を机から下ろす。
これは手を握って欲しいの合図だ。
僕は佳奈多さんの手にゆっくりと指を絡めキュッキュッと握った。
「こ、これはこれで……う、うれしいわ」
まだ僕を見ようとしないで書類に目を通している。
けど、握っている手の指が感触を楽しむように動いているところを見ると、きっと頭には入っていないと思う。
「も、もっと恋人らしいことよ」
「もっと恋人らしいこと?」
「そ」
「なんだろ…」
首を捻る。
「だ、だから……」
佳奈多さんが顔を真っ赤にして書類に目を落とす。
「キ…」
「き?」
「キスとか……」
語尾は聞き取れないほど小さい声だ。
って!?
「えええええぇぇーっ、キ、キ、むぐぐっ!?」
「お、大きいわよっ、声!」
あわてふためく佳奈多さんに口を押さえられた!
「ああもう!」
「今のはわすれて! 忘れなさい!! 今すぐ忘れなさい!!」
耳まで真っ赤にした佳奈多さんが、いそいそと書類処理に戻る。
「……」
「……」
「佳奈多さん」
「な、なによ?」
「キスしよっか」
「っ!」
手からペンがコロリと落ちる。
「こっち向いてくれないかな?」
「い、いいわよ」
まるで機械仕掛けのように今の姿勢から90度動く佳奈多さん。
僕と向き合って座っているその様子は、まるで卒業式のようにカチコチした座り方だ。
「…………」
顔を真っ赤にし、目は僕を見たかと思えばすぐに下にそらす。
「……」
しばらくするとまた僕に訴えかけるような視線を向け、すぐにそらす。
「か、佳奈多さん」
「はイッ!?」
声が裏返ってるし!
な、なんか僕まで緊張してきた!
「も、もうちょっと顔を前に出してくれない?」
「か、顔?」
「こ、こう、かしら?」
行儀よい姿勢のまま、体を少し前に傾け顔を突き出す。
「……」
「……」
「……」
「じゃあ…」
僕が近づこうとした瞬間!
「ま、ま、待って待って!!」
「――はぁ、はぁはぁ……」
「こ、これ、心臓に悪いわね……」
姿勢を戻して胸に手を当て深呼吸している。
「も、もう大丈夫よ」
「き、来なさい」
またさっきのように顔だけ突き出す佳奈多さん。
「じゃあいくよ…」
顔を近づける。
佳奈多さんの目がそっと閉じられた。
こんなに佳奈多さんを間近で見るの、初めてだ……。
そんなことを思いながら……。
――ちゅっ
佳奈多さんのホッペにキスをした。
ゆっくりと顔を離す。
「キ、キスしちゃったね」
真っ赤な佳奈多さんが目を開けた。
けど、その目は驚いたような雰囲気だ。
「……」
「あの、佳奈多さん? どうしたの?」
「……ホ、ホ、ホ」
「ホッペタぁぁぁーっ!?」
「うわわっ、どうしたのそんな大声出してっ!?」
「だっ、ちょっ、だって、あなた、ちょっ…」
真っ赤になってアワワアワワしている!?
「か、佳奈多さん?」
「ふ、ふ、普通キスっていったら、キスっていったら!」
「ホッペだよね?」
「違うわよっ!」
佳奈多さんが顔を真っ赤にしたまま腕を組み、ぷくーっと膨れる!
「ふん」
「もうあなたなんかと口聞いてあげないから」
「え、え!?」
「か、佳奈多さんどうしたの?」
「聞えませーん」
「ちょっと佳奈多さんーっ」
「聞こえませーん」
女心をわからない理樹w
男ならがんばれっ!(ぅぉぃ