SSブログ TJ-Novelists

アニメやマンガ、ゲームから妄想したSS(ショートストーリー)を書き綴るブログです。

Traffic Jam Products

158.佐々美とサイクリングを

6月のある晴れた日の日曜日。
僕は一人で、寮から少し離れたところにある本屋に向かって足を進めていた。
普段は自転車で行くんだけど、今日は趣向を変えて歩きだ。

「……」
あれ?
あの本屋って、こんなに遠かったっけ…?
「…………」
今まで自転車だったからこそ近く感じてただけみたいだ。
「暑い…」
初夏の日差しの下、汗を流しながら歩く。
もう道も半ばまで来ちゃったし、帰るに帰れないし。
「……」
「やっぱり自転車で来れば良かった…」
早くも後悔していた。

刺さるような日差しの下をただひたすらに歩いているときのことだ。

――キッ。
僕の横で自転車が止まった。

「あら、直枝さん」
「あ…笹瀬川さん」
自転車に目を向けると、笹瀬川さんが意外そうな顔をして僕を見ていた。
白の可愛らしいワンピースに麦わら帽子、いかにも余所行きといった感じだ。
普段の体操着の笹瀬川さんからは想像出来ないような『女の子』といった印象を受ける。
…なんて思ってることがバレたら怒られるだろうなあ。

「こんなところで何をしていらっしゃいますの?」
「ちょっと本屋に行こうと思って」
「奇遇ですわね、わたくしもちょうど本屋に向かうところですわ……って、あなた」
呆れた表情が浮かぶ。
「この日差しの中を歩きで行くつもりですの?」
「あはは…いやまあ」
「……」
うわっ!
思いっきりジト目で僕を見てきている!
その目はまるで馬鹿ですわね、とでも言わんばかりだ。
「救いようのない馬鹿ですわね」
ハッキリ言われた!
……まあ、僕自身も馬鹿だったって後悔してるんだけど。
「この暑い中をご苦労ですわね」
「はぁ……あなたを見てるだけでわたくしまで疲れてきますわ…」
「お先しますわね」
「あ、う、うん。気をつけてね」
「心配ご無用ですわ」
走り去る笹瀬川さんの背中を見送る。

――キキーッ。

あ。止まった。
「ああ、もうーっ!!」
「いいから後ろにお乗りなさいっ!!」

 

「――笹瀬川さんってさ」
「なんですの?」
「世話焼きって言われない?」
「うっさいですわ!!」
笹瀬川さんの自転車(ママチャリ)の後ろの荷台に腰を下ろし風を切る。
さっきとは打って変わって、初夏の日差しを浴びた景色が流れてゆく。
風に乗って心地よい香りが僕を包む。
きっと笹瀬川さんのシャンプーの香りだ。
「…ちょっと直枝さん」
「なに?」
「わたくしの肩にそんなに手を乗せないでくださる?」
「よろしいこと? 指先までと言いましたでしょう!」
「あ、ごめんごめん」
僕の手は笹瀬川さんの肩に掛かっている。
こうしないと僕は二人乗りのバランスがとれないので、無理を言って納得してもらったのだ。

そうしている間に、もう本屋がある街中へと入っていた。
「もう少しで着きますわよ」
「笹瀬川さん、ホントにありがとう」
「はぁ……とことんお人良しな自分に嫌気が差しますわ」
「そこが笹瀬川さんのいいところだと思うよ」
「ンなっ!?」
一瞬自転車がぶれた。
「う、う、う、うっさいですわっっっ!!」
「ななななにをおっしゃいますのっ!!」
「え? 僕、変なこと言ったっけ?」
「~~~~っ!!」
なぜかスピードが上がる自転車。
「ほ、ホント腹が立ちますわね、あなたといるとっ!!」
「うわわっ! あんまりスピードを上げるとっ!」
「今度はなんですのっ!」
「笹瀬川さんの髪の毛が流れてきて、くすぐったいよ」
「なっ……!!」
「いいい、今すぐ降りなさい降りろーっ!!」
「あ、いや、怒らせるつもりはなかったんだけど…ごめんごめん」
「はぁぁぁ……なんなんですのっ、あなたはっ!!」

そんなやり取りをしていると、道の向こうから聞き慣れた声が聞えてきた。
「ご協力お願いしま~す」
「あれ、この声って…」
「募金にご協力お願いしますー」
声がどんどん近くなってくる。
「あそこに立ってるの…神北さんですわね」
笹瀬川さんの横から顔を出すと、小毬さんが募金箱を持って立っているのが見えた。
「ご協力お願いしま~す」
「……止まらないで挨拶だけ済ませて行きますわよ」
「え、どうして?」
「…………今月はお小遣いがピンチですの」
意外とせこかった。
「――あ、さーちゃん~」
小毬さんも僕たちが乗っている自転車に気付いたようだ。
「神北さん、せいが出ますわね」
前方にいる小毬さんに、止まらず声だけをかける笹瀬川さん。
「うん~、募金するの楽しいよ~」
…その言い方だと意味が変わってる気がする。
「わたくし用がありますから行きますわね」
「うんー」
「小毬さん、頑張ってね」
「わぁ、理樹君もさーちゃんと一緒………………ふええええええええええぇぇぇーーーっ!?」
どうしたんだろう?
小毬さんは顔を真っ赤にして大絶叫していた。
サーッとその前を走り抜ける。
走り抜けた後、僕らの後方からは「なななんでーっ!? もももももしかしてーっ!」とか声が聞えてきていた。
「小毬さん、どうしたんだろ?」
「いつものことですわ。さっさと行きますわよ」


自転車を進めていくと、今度は前方にいつもの笹瀬川さんの後輩3人組がアイスを持って談笑しているのが見えた。

「……佐々美様の匂いが近づいてくる……」
「え、うっそ!? どこどこどこ!?」
「風向きから考えますとあちら……まぁ、ふふふっ、あの自転車じゃないかしら」

…すごい。
結構離れているのにもうこっちに気付いた。

「……佐々美様ー、佐々美様ー」
両手を挙げて背伸びをしながらこっちにアピールをしている後輩その1。
「きゃぁ~~~んっ♪ 佐々美様が佐々美様が優雅にチャリンコをこいでいらっしゃいますわーーーっ」
アニメにしたらきっと目がハートになっているであろう後輩その2。
「佐々美様の自転車に跨る姿は、それはそれは華麗でまるで荒野に咲く一輪の可憐な百合の花を連想させるかのごとく、それでいて耽――……」
うっとりと頬に手を当てトリップしてしまっている後輩その3。

「もう……困った後輩たちですわ」
片手を振る笹瀬川さん。
口調も仕草も優しさを帯びている。
そっか。
笹瀬川さんが後輩に慕われるのもわかる気がする。
そして僕たちの自転車が彼女たちの前を通り過ぎた瞬間。
あれ…3人ともいきなりあんぐりした顔になって…。

「……うあ」
ぽとっ。
「えっ、ええええええっ、ななななななななななーーーっ!?!?」
べちゃん!
「まぁ…!?」
ぽろんっ!

通り過ぎた順にアイスを溢す後輩三人組。
僕たちが通り過ぎた後からは「ま、まさか佐々美様が、あっ、あんな女にとられるなんてっ!!」「……じゃん。わら人形と五寸釘」「あらあら、素敵な道具をお持ちなのですね」とか声が聞えてきていた。

「笹瀬川さんの後輩ってさ、変わってるね……」
「そ、そんなことありませんわ…たぶん」
ちょっとは自覚があるみたいだ。


そろそろ本屋に着くといったときのことだ。
――ぴくっ
笹瀬川さんの肩が小さく震えた。
「どうしたの?」
「……」
目を向けているほうを見ると、そこには。
「…ん? う、うわぁーっ!?」
鈴がいた。
「あさっぷさらみっ!!」
「笹瀬川佐々美ですわっっ!!」
臨戦態勢をとる鈴と、自転車で鈴に突撃しようとしている笹瀬川さん!
「さ、笹瀬川さん、ケンカはダメだよっ!」
「ですけどっ!」
「ほら、せっかくの日曜日なんだから休戦日ってことにしようよっ」
「むむむ……」
怒らせた肩が大きく上下する。
深呼吸をしているようだ。
「ね? 仲良くするのは無理でも、ケンカはやめようよ」
「…わかりましたわ。今日のところは許して差し上げますわ」
自転車をこいだまま、鈴の前を通り過ぎようとする。
鈴も笹瀬川さんを威嚇したまま何もしてこない。
ケンカにならなくて良かった…。
と、思ったのも束の間。
「おーーーっほっほっほっほ! あなた風情の相手をしているほどわたくし、暇じゃありませんの」
ケンカを売りながらシャーッと鈴の前を通り過ぎた!
「なにぃーっ!! ふかーーーっ!!」
一気に髪を逆立てる鈴!
「笹瀬川さんーっ!!」
「あら、本当のことを言ったまでですわ」
「うみゃーーーっ! 自転車から降りてこーいっ!」
ああもう、この二人はっ!
「鈴、ごめんねーっ!」
「おーーーっほっほっほ!!」
自転車で通り過ぎながら、僕が鈴に謝った。(笹瀬川さんは絵に描いたような高笑いだ)
「なんだ理樹も一緒だったのか。理樹がそういうなら許してやらなくも……」
「……ん?」
目をパチクリする鈴。
次第に瞳が小さくなり、驚きの表情へと変貌していく。
「う、うみゃぁーーーっ!?」
「なっ、なんで理樹がっ、理樹がさささなんかと一緒なん…一緒…まさか……ふ、ふみゃみゃーーーっ!!」
僕らの自転車が遠ざかり、鈴の声が遠くなる。
……?
最後、鈴が大きな声を出してたけどなんて言ってたんだろう?


「直枝さん、ようやく目的地ですわよ」
「本当に助かったよ、笹瀬川さん」
本屋の前に止まったときだ。

――ウィン。

自動ドアが開いて女の子が出てきて、その場で停止した。
「…………はっ」
そこには驚いた顔の西園さんが立っていた。
――ぱさっ。
手に持っていた本の袋がこぼれ落ちる。

「あ、西園さん」
「……」
返事がない。
「西園さん?」
「……お二人がそのような関係にあったとは、露とも知りませんでした」
「そのような関係? なんの話ですの?」
「……」
じっと僕たちを見つめている。
「「……?」」
僕と笹瀬川さんで見つめ合って首をかしげる。
……。
日曜日の昼下がり。
麦わら帽子と可愛らしいワンピースを着込んだ笹瀬川さん。
僕はその後ろに座り、笹瀬川さんの肩に手をかけている。
二人乗りをして一緒に買い物……。
……。
……まさか。
笹瀬川さんも同じことを思ったのか、驚きの表情になっている!

「……お二人が恋仲だったとは……」
西園さんが頬に手を当てて「ぽ」とやっている!!
「違うからーーーっ!!」「違いますわーーーっ」
「……」
「……」
見事にハモっていた。
真っ赤になって見つめ合う僕と笹瀬川さん。
「……」
「……」
「ハモらないでよっ!」「ハモらないでくださる!?」
「……」
「……」
またハモった。
「……瞬間、心、重ねて……わかります、ぽ」
西園さんが何を考えてるのかはわからないけど、勘違いしているのだけはわかる!
「ち、ち、違うんだ、西園さんっ!」
「そ、そうですわ!! 誤解も誤解、誤解中の誤解ですわっ!!」
二人で必死に弁明する!
「……ムキになるところがまた怪しいのですが」
やんわりと疑っているしっ!
「こっ、これはたまたまテクテク歩いている直枝さんと一緒になって、あまりにも可哀想だからわたくしの自転車に乗せてあげただけですの!」
「そ、そうだよ!」
「……とても良い雰囲気で二人乗りをしていましたが」
「いやいやいやっ! 別にそんなんじゃなくてっ、ただ乗せてもらっただけだからーっ!!」
「そうですわっ!! これっぽちも楽しくなかったですわっ!!」
「……わかりました」
西園さんが静かに話しながら、落ちていた本を拾い上げた。
「……つまり、別に恋仲でもなければ何も関係すらない、ということですか?」
「よ、ようやくわかってくだりましたわね…」
ホッと肩を撫で下ろす笹瀬川さん。

「……ですが」

西園さんが静かに口を開いた。
「……とても良い仲に見えたのは確かです」
「そんなことは…」「そんなことは…」
また見事にハモって口をつぐむ。
二人乗りをしていたせいか、波長がすっかりと合ってしまっているようだ。
「……わたしでなくとも、先ほどのお二人を見たら恋仲だと思ってしまうでしょう」
「……言うなれば、街中を恋人宣言しながら走ったのと同じ効果があるかと思います」
「……ですが、良かったです」
静かに目を閉じる西園さん。
「……誤解が解けたから良いものの、もしもわたし以外の人に会ったら、間違いなく大きな誤解を生んでいたことでしょう」

え……。
西園さん以外の人……?
え?
えっ?
脳裏に小毬さんと鈴と後輩3人組の驚愕の表情が浮かぶ。
あの時はなんであんな顔をしているかわからなかったけど。
……ま、まさか。
まさかまさかまさかーっ!?

「……日曜の昼下がり、ラブラブ二人乗りで学校から繁華街までの道のりを恋人宣言して爆走」
「……これは万が一でも知り合いに見られたら大変でした」
「……見られた知り合いが、わたしだけ、とは本当に幸運だったかと思います」

慌てて笹瀬川さんを見ると。
「……」
サーーーーッという音が聞えそうな勢いで真っ青になっていた!!


「……明日がとても楽しみです……ふふふ」