#シチュ:就寝前、クドと佳奈多がそれぞれ自分のベッドで寝転びながら本を読んでいるようです。
#※ガチ百合注意!耐性がない方は途中までにしておきましょう(ぉぃ
――パタム。
向かいのベッドから数冊目の少女マンガを閉じる音が聞えた。
「――……はあぁ」
続けて深々とした溜息。
「どうかしたの、クドリャフカ?」
読んでいた森博嗣の本を傍らに置き、ベッド越しに声をかける。
「はい、それが……はぁ」
ベッドに寝転びながら体を横にし、私の方へ向き直るクドリャフカ。
どうしたのかしら?
随分と物憂げな表情を浮かべてるわね。
「このマンガ本を読んでいたら…」
枕に押し付けているクドリャフカの頬に赤みが差す。
「みなさん、私より年下なのに何度も何度もキスをしているのです…」
「けれど私は未だキスなんて大それたことを一度たりともしたことがありません」
「それどころかお相手すらいない状況なのです…」
落ち込みながら、シーツをキュッと握る。
「まさかそんなことで気を落しているの?」
「はい…」
はぁ…。
どうやらマンガを見て自分と重ね合わせてしまったようね。
「いい、クドリャフカ?」
「マンガはマンガ。そうなるように場面設定を作ってあるだけ」
「作者の想像通りに描いているから、物語上では万事上手く事が運んでるの」
「現実ではそう簡単に出来ないし、するものでもないわ」
「そもそも恋愛なんて一種の病気よ」
「そうでしょうか?」
「そう。――変なことで悩んでないで今日はもう寝ましょう」
ベッドサイドのランプを消そうと手を伸ばす。
「佳奈多さん」
「なに?」
「……佳奈多さんは」
「キスをしたときがありますか?」
クリクリとした目が私に向けられている!
な、なにを言い出すのよ、この子はっ!
……しょ、正直に言ったほうがいいわよね…?
「な、ないわよ」
「佳奈多さんもですかっ」
クドリャフカの顔がパーッと明るくなる。
「なんでそこで嬉しそうにするのよ」
「いえ、佳奈多さんほどの魅力的な方でもまだだと聞いて、少し安心しましたっ」
喜んでいいのか微妙ね…。
「そうですっ、いいことを思いつきましたっ」
――ガバーッ!
突然クドリャフカが飛び起きた。
「どうしたのよ、突然」
「はいっ」
ニッコリと微笑む。
「佳奈多さんっ」
「な、なによ?」
「キスの練習をしましょうっ!」
「……」
今、クドリャフカはなんて言った?
キスの練習…?
キスの…?
キス!?
「はあああぁぁ!?」
思わず私もベッドから飛び起きた!
「あっ、あなた自分が何を言ってるのかわかってるの!?」
「はい、キスの練習をしましょうと言いました」
「な、な…っ!?」
思わず絶句した!
これが言葉を失うという状況ね……ってそんな冷静に状況判断している場合じゃないでしょうっ!
「いざ本番というときに失敗しないように練習をしたほうがよいかと思いましたので」
純真無垢な瞳がこちらに向けられている!
「まっ…待ちなさい!」
「練習といっても…」
思わず自分の唇に手がいく。
「く、口が付いちゃったら、それはもう本番じゃない!」
「そこはご安心くださいっ」
クドリャフカがベッドから立ち上がると、ルーズリーフを一枚取り出し四つ折にした。
「これを口と口の間に挟めばなんの問題もありませんっ」
「ぐ……そ、それでも問題だらけでしょうっ」
そもそもキスの練習だなんて、そんな恥かしいことできるわけないじゃないっ。
「しかし佳奈多さんっ」
クドリャフカが私のベッドの上に正座で座り、真剣な眼差しで見つめてきた。
「な、なに?」
「先ほど私が読んでいたマンガのように、と~~~っても良い雰囲気になってキスをする雰囲気が出来上がったときに『キスってどうやってするの?』なんてことになってしまったら、意中の方に愛想つかされるかもしれませんっ!」
「ま、まさか。そんなことあるはずない――」
「と言い切れますかっ! 男性は些細な事で移り気してしまうとマンガ本に描いていましたっ」
「そ、そうなの?」
「はいっ!」
「それにキスの作法もわかっておかないと、本番でとんでもないうっかりミスをしてしまうかもしれないのですっ」
たしかに何事も予習が大切なのは身にしみている。
まさかとは思うけど、もし仮にそうなってしまったら目も当てられないのは確かね…。
「……わかった」
「よろしいのですかっ! では、早速がんばりましょうっ!」
――クドリャフカとベッドの上で向かい合って座る。
二人とも緊張のせいか、これから書道でも始めるかのごとく正座で、背筋がぴんと伸びている。
「では、佳奈多さんっ」
「こちらの紙を口元で構えていてください」
「わ、わかったわ」
さっきの折りたたまれたルーズリーフを手に持ち口の前で構える。
「で、では、佳奈多さん準備はよろしいでしょうかっ」
「き、来なさい」
「はいなのですっ」
目を力いっぱい瞑る。
自分の体がこわばっているのがわかる。
練習とはいえ、妙に緊張する!
「……」
「……」
……?
どうしたのかしら?
いつまで経ってもクドリャフカが近づいてくる気配がない。
うっすらと目を開けると。
「う~~~っ、う~~~~っ!」
クドリャフカが目をギュッとつぶり、正座のままでこちらに向かって一生懸命顔を伸ばしていた。
けれど。
「か、佳奈多さんはどこですかっ!? 全く届きませんっ!」
「……」
私も正座でクドリャフカも正座。
はぁ…。
そのままキスをしようとしても届くわけないでしょう…。
一旦中断し、作戦会議。
「やはりキスは難しいのです…」
「座り方がまずかったわね、今のは」
「わふー…正座でキスが出来ないとは気付きもしませんでした…」
「佳奈多さん、どうしたら上手くできるでしょうか?」
「そうね――」
少ない知識からシチュエーションを色々とシミュレートする。
正座が無理となると体育座りでも無理そうね。
つまり座りながらは無理。
なら。
「立ち膝ならなんとかなるんじゃないかしら?」
「なるほど~、です」
――お互いに立ち膝で向かい合う私たち。
「…わ、わふー…」
「最初からこうも近いと、さすがに恥かしいわね」
「は、はいなのです…」
私とクドリャフカの体と体の間はこぶし2個分ほどだ。
これならクドリャフカが少し顔を近づけただけでキスが出来る…はず、おそらく。
「では、佳奈多さんっ」
私は頷いて、口元にルーズリーフを持ってくる。
「こういうのは勢いね。一気に攻めれば問題ないわ」
「らじゃーなのですっ」
「じゃあ、目を閉じていてくださいっ」
「わかったわ」
言われたとおりに目を閉じる。
…クドリャフカの喉がコクンとなったのが聞えた。
「……」
「……」
目を閉じて待つのって不安ね…。
これも練習しなかったら気付かなかったわね。
「い、いくのですっ」
ようやくクドリャフカの声。
顔が一気に近づいてきたのがわかる。
目を強く瞑り、心の準備をしたとき。
――ぐにんっ!
「わふっ!?」「きゃっ!?」
……鼻と鼻がぶつかったのだった……。
またもや深夜に女子二人がベッドに座り込み作戦会議。
「やはりキスは難しいのです……」
まるでテストで赤点を取ってしまったときのようにへこんでいるクドリャフカ。
「まさか鼻と鼻がぶつかるなんて予想外よ…」
まだ少し鼻がジンジンする。
「やってみなければわからないことは多いのです…」
「そうね…」
「ぶつからないためにはどうしたらよいでしょうか?」
「真っ直ぐにぶつかったのがまずかったわね」
「お互いの顔を少しずらすんじゃないかしら? ドラマでよく見かけるわ」
「なるほどー、ですっ」
――さきほど同様、ベッドの上で立ち膝で向き合う。
「今度こそ成功させましょうっ」
「そうね」
さすがに3度目にもなると緊張感も薄れる。
口元に折りたたまれたルーズリーフを構える。
「準備できたわよ」
「でしたら、れっつごー、なのですっ」
クドリャフカが目を閉じるのを見て、私も目を瞑る。
こうしてやってみるとキスも意外と難しいのね……。
もしかしたら練習しておいて良かったのかもしれない。
そんなことを考えて気が緩んだのがまずかった。
――ハラリ。
あ…。
手元からルーズリーフが滑り落ちた。
夜遅いせいで頭が呆けているせいか、頭に浮かんだのはただ『紙が落ちた』程度だった。
目を開けると、目を閉じ、さっきの作戦通り顔を少し傾けたクドリャフカが目の前に迫っていた。
妙にスローモーションね…。
そんなことしか考えていなかった。
そして。
――ちゅっ
唇に柔らかくて温かな感触が広がる。
「…………え?」
「…………え?」
二人から同時に、呆気に取られた声が漏れた。
えっと……なにが…?
えっと……え?
「……」
「……」
「……」
「……」
「……………………~~~~~~~~~~~~~っ!?!?」
目の前にあるクドリャフカの顔が温度計のように急激に赤みを帯びる!
きっとクドリャフカからは私の顔が同じように見えているに違いないっ!
「わふひゃぁーーーっ!?!?」
「な…うそっ!?」
――ガバッ!!
バネ仕掛けのオモチャのように飛び退く二人!
「わ、わふーっ!? な、なな、わふーっ!?」
「お、落ち着いてクドリャフカっ、い、今のは…その…ごめんなさいっ」
「わ、私、私……」
自分の唇に手をあてるクドリャフカ。
「佳奈多さんにファーストキッスを捧げてしまいましたっ!?」
「わ、私もクドリャフカね、ファーストキスの相手…」
私の手も自然と自分の唇を撫でてしまう。
「キスしてしまいました…ごめんなさい…」
「私の不手際よ…ごめんなさい……じゃあ、すまないわね…」
「……」
「……」
「……」
「……」
薄暗いサイドランプだけが、私たちを静かに照らしている。
そんな中でもクドリャフカの顔が色づいているのがわかる。
「初めてキスをしてしまいました…」
「私も…」
クドリャフカを見ると、さっきの柔らかな感触が残ってるのか、唇を指先でなぞっている。
それに…すこし、キスをするときのようにすぼめられている。
「今のがキスの感触なのですね…」
「佳奈多さんの唇…」
「とっても柔らかくてあったかかったのです…」
チラリと私を見たと思うと、真っ赤になって目をそらすクドリャフカ。
「クドリャフカのも…その、とても柔らかかった」
な、なんで?
どうしてもクドリャフカの唇に視線がいってしまう。
「……」
「……」
「……」
「……」
ベッドの上で二人、向かい合って座っている。
その距離はいつの間にか近づいていた。
「あの、佳奈多さん…」
「なに…?」
色づいたクドリャフカの瞳。
「……その……」
「……もう一度、キスしませんか……?」
「…………」
「……あ……わ、私なにを変なことを……――」
私はそんなクドリャフカの肩に手を置き、
――ちゅっ
「……んっ……んん」
クドリャフカの唇に私の唇を重ねた。
少し長め。
気持ちよくて頭の中が真っ白になっていく。
「……セカンドキスもクドリャフカに捧げてしまったわ」
「溶けてしまいそうなのです……」
クドリャフカのまどろんだ表情が視界一杯に広がる。
私の手もクドリャフカの手もお互いの肩に掛けられたまま。
「佳奈多さん……3回目も……」
――ちゅっ
返事の代わりに唇を重ねる。
「…佳奈多さん」
「…なに?」
「このことはみなさんには絶対に内緒です」
「最高機密ね、私たちだけの」