#シチュ:近頃、葉留佳がモッテモテのようです。
お昼の学食。
久しぶりに僕たちリトルバスターズのみんなが集まっていた。
「鈴君、昼からカップゼリーは良くないな。どれ、もずくをやろう」
「いらんわっ」
うーん、来ヶ谷さんもたまにはもずく以外を食べればいいのに。
「ホットケーキもおいしいよ~」
幸せいっぱいでホットケーキを頬張っている小毬さん。
その横で小さな口でおむすびを頬張っている西園さんが静かに、
「……神北さん、太りますよ?」
「ふえぇぇっ!? わ、私、ふ、太った?」
「……そういったタイプの需要もあるかと」
「そ、そっかぁ、よかったぁ」
小毬さんは胸をなでおろしてるけど、
「あんまり良くないよねそれ……」
「ふぇ?」
なんでそこで不思議そうな顔をするのかわからない。
そんな僕たちの横では、
「いいかクー公、カツ、カツ、カルビ、カツ、鶏肉、鶏肉の順で食うんだぞ」
「はいっ、井ノ原さん! カツ、カツなのですっ! もきゅもきゅもきゅ…」
「いい食いっぷりじゃねーかっ! 謙吾のだし巻きタマゴもやるよ、ほれ」
「わふっ、お口に放り込まれましたっ!?」
「……真人、貴様……」
「なんだ謙吾プルプルして。寒いのか?」
「俺が『わぁ、おいしそう。最後に食べよーっと』と思っていた出汁巻きをぉぉぉぉーっ!!」
「んな女々しいことしてるオマエが悪ぃだろ」
「なんだとぉ、最後に好きなものを取っておいて何が悪いっ!!」
「わ、私のせいなのですっ! け、ケンカをなさらないでくださいーっ」
この二人が食事中にバトルに突入するのもいつものことだ。
「――久しぶりだな、こうしてみんなで揃ってメシを食うのも。笑顔がこぼれてるぜ、理樹?」
「え、そ、そう?」
そういえば、こうしてみんなでお昼を集まって食べるのはいつぶりだろう?
いつもの騒がしいノリについつい笑顔も漏れるというものだ。
そんな中、いつもは騒がしいのに妙に静かな女の子が一人。
「……葉留佳さん、今日はどうしたの?」
「フフフ……よくぞ聞いてくれました……ジャーンっ!!」
葉留佳さんが高らかに掲げたのは、
「手紙?」
「ただの手紙ではありませんヨ」
「ピンクの封筒にハートのシールのお手紙?」
小毬さんが小首をかしげた。
「……下駄箱にでもありましたか」
「みおちん大大大せいかーいっ! ななななんと!」
立ち上がった葉留佳さんが手紙を掲げながらダン!と椅子に片足を載せた!
「こいつはラブレターなのだぁぁぁぁーっ!!」
「「「な、なんだってーーーっ!?」」」
僕たち男性陣は一様に同じ反応だ!
けど女性陣はというと
「最近はるちゃんモテモテだもんねー」
「ふむ、風の噂だと葉留佳くんを見守り隊、葉留佳くんにイタズラされ隊、葉留佳くんに困らされ隊までいるという話ではないか」
「いやーいやー困っちゃいますヨ、あははははっ」
その割にはすんごい嬉しそうだよね。
「ちなみにどちら様からでしょう?」
ワクワクと好奇心が隠せないクド。
「えーっと、3年の諸岡金五郎くん?」
「いやいやいや、言っちゃダメだよね、そういうことって!」
「同じクラスか。通称モロキン、口癖は『腐ったミカン』だ」
「恭介も追加情報とか言っちゃダメだからーっ!!」
「何でも腐りかけがうめぇもんな! わかってやがるぜ!」
「真人は腐ったミカン食べちゃダメだからね……」
「んで、んで、何が書かれているかというと――」
葉留佳さんが手紙を読み上げようとした時だった。
――ばっ!
突然後ろから手が伸びてきて、その手紙を奪った。
「ひゃわっ! いきなりなに――」
「……」
その目線の先には二木さんがいた。
葉留佳さんから奪い取った手紙に目を走らせる。
「……お、お姉ちゃん……」
「……フン」
辺りも凍てつかせるような……いや、ゴミを見るような目で手紙、そして葉留佳さんに目を向けた。
「いいご身分ね」
「……えと、それは……」
「良かったわね、男にモテて。羨ましいわ」
「そうなのですよ、佳奈多さんっ」
完全に皮肉なのに、字面をそのまま受け取ったクドが嬉しそうに
「葉留佳さんはモテモテなのですよ~! 親衛隊もいるそうなのですっ」
二木さんの持つ手紙からギリッと音が聞こえた。
「へえ、良かったじゃない葉留佳」
「…………」
「ほいほい男にシッポを振ってればいいじゃない」
「なっ、なんでそういうこと言うのさっ!!」
「フン。にやけた顔して馬鹿みたい。馬鹿みたいだわ」
二木さんは手紙を葉留佳さんに放ると、スタスタと歩き去っていった。
「んだよ、アレ」
顔をしかめる真人。
「……アレって言わないでよ、私のお姉ちゃんなんだからさ……」
「お、おぅ、すまねぇ」
……。
とある事情で仲違いしていた二人だけど、ついこの前、和解した……はずだ。
どうやらその壁は――
まだ厚いようだ。
***
次の日。
『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁーーーっ!?』
外から響く大絶叫で僕たちは起きることとなった。
寮の近くの電柱。
そこに人がグルグル巻に縛られて吊るされていたのだ。
その胸には『人誅』の文字が筆字で書かれていた。
その話は瞬く間に学校中に響き渡った。
***
「――例の吊るされていた学生だけどな」
野球部の部室で恭介が思いついたようにつぶやいた。
「モロキンだったそうだ」
「えっ?」
つい最近その名前を聞いたような……。
「三枝にラブレターを送ったヤツだな」
「なんで吊るされてたりしたの?」
「本人もよく覚えていないらしい」
「覚えてないって……」
「部屋がノックされて出たら強烈な衝撃で吹っ飛ばされ……知っての通り吊るされていたとのことだ」
「吹っ飛ばされて吊るされるって、イタズラにしては度が過ぎてる気がするんだけど」
「こいつは事件の臭いがしないか、理樹?」
「するけど……そんなに目を輝かせて言われてもさ」
――けど、この後も事件が続いたのだった。
***
次の日。
事件は中庭で発生していた。
中庭の木に今度は3人の男子が目隠しをされ縛られていた。
それぞれの胸にはまた『人誅』の文字。
事情を聞いたところ『我々の業界ではご褒美です』と口をそろえて供述したとのことだ。
さらに次の日。
体育館裏で『告白しようとしただけなのにボロクソにけなされた……』と真っ白に燃え尽きた男子生徒が発見された。
その胸にも『人誅』だ。
***
「――おまえら3人に集まってもらったのは他でもない」
夜の恭介の部屋。
そこに僕と真人、謙吾が座っていた。
「他でもないって言われてもよくわからないんだけど」
「恭介よ、わざわざ裸電球で話し合う必要があるのか……?」
謙吾の言うとおりだ。なぜか部屋が薄暗い。
「薄暗いほうが雰囲気出るだろ?」
とりあえず意味は無いようだ。
「んで、なんだよ?」
「近頃発生している人誅事件は知っているかと思う」
「あの縛られている事件だよね。モロキンさん含めて怪我とかはないみたいだけど」
「あの事件だが、共通点があった」
恭介が机の上にあったプリントを手でペチペチと叩く。
「まず最初の被害者――モロキンだが…その名前はお前ら、いつ聞いた?」
「それは葉留佳さんがラブレターもらったときだけど」
「そうだ。次に木に縛られていた連中だが…奴らには肩書があった。何だと思う?」
「いや、何だと聞かれても」
「――三枝葉留佳にイタズラされ隊の執行役員2名と取締役だ」
「一体どんな役職なのだ、それは……」
どんな役職か僕も気になるけど……今ので話がつながってきた。
「最後の被害者だ。彼はとある女子生徒にメールで呼び出しをしたそうだ。理樹、誰を呼び出したと思う?」
「……葉留佳さん、だよね」
「正解だ。三枝葉留佳――それが共通点だ」
「それってつまり、葉留佳さんが犯人に狙われているってこと?」
「目的が三枝自身なのかはわからん。だが三枝に関わろうとした奴が狙われているのは確かだ。そこでだ」
恭介の目がキラリと輝いた!
「俺たちで犯人をおびき出し、捕まえる!」
僕と真人、謙吾が顔を合わせ、頷いた。
「久々に筋肉がうなるぜっ」
「僕たちの仲間の危機なんだ。見過ごしておくことなんてできるわけがないよっ」
「ふ……無論だ」
「オーケー、ミッションスタートだ!」
***
――生徒玄関、下足入れの近くに僕たちは身を潜めていた。
「葉留佳さんの下足入れにラブレターって……そんな囮にひっかかるかな」
「ああ、大丈夫だ!」
恭介が書いたラブレターには『愛で空が落ちてくる』とか『お前求めさまよう心、今熱く燃えてる』とか、申し訳程度に屋上で待ち合わせの事が書いてある。
「どっからその自信は出てくんだよ…」
真人ですら呆れ気味だ。
「誰かきたぞ」
謙吾の言葉に皆が口を止め、葉留佳さんの下足入れを見つめた。
ツカツカと早足で近づいてきたのは……
「三枝だな」
……葉留佳さんだった。
葉留佳さんが下足入れを開けて、
「……なんかくんかくんかしてね?」
「葉留佳さん、いつも行動が不思議だからね……」
「……なんかモジモジしてね?」
「葉留佳さんだからね……」
「あれがニオイフェチというものか?」
「どこでその言葉覚えたのさ、謙吾……」
「待て、手紙を手にとったぞ」
その封筒をバリバリと破りながら見る葉留佳さん。
雑だなぁ……。
「……なんかプルプルしてね?」
「怒ってるのではないか?」
確かに謙吾が言うように怒っているように見える。
葉留佳さんがその手紙をグシャリと握り締めると、踵を返して外へツカツカと歩き出した。
「怪しいな…追うぞっ」
「うんっ」
向かった先は、人気がない校舎裏の物置近くだった。
「何をする気だろ?」
見ていると、
「物置から何か持ってきたぞ」
目を凝らす恭介。
「あれはチャッカマンだな」
「火でも使うのかな」
といった矢先。
手紙に火をつけた!
地面で燃える手紙を苦々しく見つめる葉留佳さん。
さらに燃え残りを足で踏みつけ、グリグリと足で潰した。
「ありゃ、相当怒ってやがるぜ……」
「恭介がクリスタルキングの歌詞を丸パクリするからだ」
「あの歌詞は心にグッとくるだろ、普通っ!!」
「ラブレターにYouはshockは前代未聞だと思うよ……」
「ユリア永遠にの方が良かったか?」
「クリスタルキングから離れようよ……」
そんなことを言っている間に葉留佳さんはいなくなってしまっていた。
「……やっぱそうだったか……」
恭介が静かに頷いていた。
***
放課後、僕たちはラブレターに書いた待ち合わせ場所である屋上に向かった。
恭介曰く『全ては屋上でわかるさ』とのことだ。
屋上への出入口である窓をくぐると、既にそこでは葉留佳さんらしき人物が待っていた。
腕を組んで。
仁王立ちで。
僕たちを見たとき、一瞬驚いたような顔になった。
だが、すぐに『いつもの』鋭い眼差しでこちらを射抜いた。
風に乗ってミントの良い香りが漂ってくる。
「……そうやって葉留佳さんの真似をして、葉留佳さんのこと好きな人を呼び出していたんだね」
「バレてるならこんな格好してる必要もないわね」
2つに結っているお下げを解く。
そこには。
いつもの厳正で、ナイフのように鋭く、氷のように冷たい風紀委員長が立っていた。
「……二木さん」
「なによ?」
「なんで……こんなことするのさ」
「そんなの簡単」
二木さんの決意を込めた真っ直ぐな瞳がこちらに向けられた。
「葉留佳を護るためよ」
……やっぱり。
そうだったんだ。
「葉留佳を護ると決めたの。何があろうと。私があの子を護る」
―― 仲違いをしていた二人。
けど、葉留佳さんも、二木さんも、どちらのことも大切に思っていたんだ。
ただ二木さんは表現が不器用なだけということもみんな気づいている。
だから僕たちはここで二木さんの気持ちを聞き出そうと思っていた。
こっそり葉留佳さんもここに呼んでいたりする。
それで二木さんの気持ちを伝えるんだ。
「葉留佳にそこらのゴミ虫を近づけるわけにはいかないの、わかるでしょう?」
二木さんが長い髪を手で払った。
「葉留佳の髪の毛一本まで私のものなの」
「………………は?」
「だから私の葉留佳なの。髪の毛一本まで私のもの」
え……?
「私の葉留佳に近づいたのだもの。あいつらは処分されて当然だと思わない?」
「……あーっと……」
僕は困り果て、恭介の方を向くと。
「……どうやら長い時を経たことで、その長年の想いが極度のシスコンとして現れちまったようだ……」
「え、えーっと、二木さん……」
「何?」
「葉留佳さんのこと、どう思ってるの……?」
「好きよ、世界で一番ね」
真っすぐの瞳で言い切ったっ!!
これはカッコイ――
「愛していると言ってもいいわ」
あ、ダメだこの人!!
「求められたら――」
ぷいっと恥ずかしげに目をそらす二木さん。
「何だってするし」
「求められないからねっ!?」
「あ、あれか、やっぱ靴箱のニオイ嗅いでたりしたのも……」
真人がたらりと冷や汗を流しながら質問した。
鼻でせせら笑う二木さん。
腕組をしながら自慢気に言い放った。
「葉留佳の匂いだって大好きに決まってるじゃない!」
「だからって靴箱まで嗅ぐの!?」
いつものようにクールに髪を手で払った。
「当然嗅ぐわ!」
生真面目で氷の風紀委員長として恐れられている二木さんの口が大きく開かれた。
「あの匂いは最高よ!」
このお姉ちゃんもうダメだっ!!
そのときだった。
「……お、お、お姉ちゃん……や、やは~…………」
「……………………え?」
小窓から葉留佳さんが入ってきていた。
って!!
そ、そうだったっ!
僕たち……。
葉留佳さんを連れてきていたんだった!!
「はる……っ!? え!? っ!! ~~~~~っ!!!」
二木さんの顔が青くなったり赤くなったりしているっ!!
「あ……いや、えと、僕のほうをそんな驚愕の表情で見つめられても……」
『匂い大好き!!』とか豪語してしまったお姉ちゃんに掛ける言葉は……ごめん、僕には見つけられないっ!
「~~~~~~~っ」
やばい、二木さん……顔が真っ赤な上に涙目になってきた!
肩がプルプルと震えてきたけど、ど、どうしよう……。
「……お姉ちゃん」
葉留佳さんが一歩近づいた。
二木さんの肩がビクリと跳ねる。
「お姉ちゃん……っ」
葉留佳さんが距離を縮め、そして
――ハグッ!
二木さんに抱きついていた。
「お姉ちゃんの気持ち、伝わったよ」
「は、葉留佳……?」
「嬉しいよ、そうやって思ってもらってるのはさ」
「で、でも……」
「私もお姉ちゃんのこと好きだよ……やはは、私はフツーの意味だけどさ」
「わ、私の事……きらいにならない……?」
「ううん、好き。大好き。フツーの意味でだけど」
「葉留佳ぁ……っ」
離れたところでその様子を見つめる僕たち。
「……」
「……」
「……ねぇ、恭介」
「なんだ」
「これでよかったんだよね……?」
「ああ。これで二人の壁も縮まっただろ」
「……三枝はしっかりと『普通』の部分を強調しているな」
謙吾は若干引き気味だ。
「にしてもあの生真面目委員長、まさかあんな性格だとはよぉ…」
「二木は何事にも真っ直ぐで行き過ぎるからな。三枝への気持ちも行き過ぎちまったんだろ」
「……それでいいのかなぁ……」
一部、変態的な行動がなかったら感動的な場面だったんだけどなぁ。
夕日に映しだされ、二人の影はどこまでも伸びていた。
その後だ。
たまに葉留佳さんが
「やはは……お姉ちゃんが時々……とてもヤバイのですヨ……私もお姉ちゃん好きだけどさ、けど、あの領域はまだというか……やはは……」
と、具体的なことは教えてくれないけど愚痴をこぼすのは聞くようになったのだった。