SSブログ TJ-Novelists

アニメやマンガ、ゲームから妄想したSS(ショートストーリー)を書き綴るブログです。

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163.鏡(葉留佳×佳奈多百合SS)

――おかしくなった。

「ねーねーお姉ちゃん、なに読んでるの?」
「……」

――何がって、頭が。

「ねー何読んでるの?」
「……何だっていいでしょう」

――最初は葉留佳を目で追っていた。
それだけ。

――いつも一緒にいるようになった。
それだけで幸せ。

――いつからか一緒にいると胸が苦しくなった。
一緒にいたい。一緒にいたくない。

――すぐに目を合わせられなくなった。
目が合うだけで心臓が跳ねる。
心臓が踊っているのを隠さなければならない。
私は目を合わせないように努力し、距離を離すように心がけた。

――最後に気付いた。
私は葉留佳に
――恋をしてしまったのだと。

「それ、小説?」
「……だから?」
「いやー、なんとなく聞いてみただけ」
「……その程度で話しかけないで」
ごめんね、と苦笑いをする葉留佳。
「じゃあお姉ちゃん、先に帰るね」
「あっそ」
「――じゃあね、お姉ちゃん」
「……」

…………。

違う。違う。
本当はこんなことを言いたいんじゃない。
もっと…葉留佳と色々話したい。
けど、話そうとするだけで胸が苦しい。
目も合わせられない。
耳が熱い。
言いたいことが一つも言えない。
それでも、どんなに距離を離しても。
いや、離せば離すほど。
葉留佳への恋心が膨らんでいった。
決して気づかれてはいけない恋心。
決して抱いてはいけない恋心。
禁忌。
教室の扉が閉められた後、私は机に頭を打ち付けた。

――私は頭がおかしい……。


ある日。
「お姉ちゃん、来ちゃった」
「……」
風紀委員の活動終了後。
私が一人でいるところに葉留佳がやってきた。
前までは委員終了後は、こうして一緒に帰っていた。
少し前からその習慣もなくなった――いや、なくした。
本当は葉留佳のことを待ってるくせに、来たら嬉しいくせに、追い返す。
その繰り返し。
――不毛だ。
「おりょ? また小説読んでるの? 前と同じの?」
後ろから覗き込もうとしている葉留佳。
「何の小説? おもしろい、それ?」
「……」
だんまりの私と話そうと一生懸命な葉留佳。
「ね、お姉ちゃんお姉ちゃん、今日はさー真人くんがまた大騒ぎしてさ~――」
葉留佳からは私と一緒に話したい、一緒にいたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。
その気持ちが――苦しい。
私も葉留佳と一緒にいたい。
けど。
その「一緒にいたい」という気持ちはきっと葉留佳とは違う意味を持ってしまっている。
「ねーねーお姉ちゃん」
――そんな自分が嫌だ。
「どうしたの、今日はなんか具合悪そうだよ?」
――最低だ。
「最近寒くなってきたからね。風邪とかひいちゃった?」
――最低。
そのとき、後ろから葉留佳の手が私のおでこに当てられた。
熱でも計ろうとしたんだ。
それなのに、それなのに。

「うるさいっ!!」

その手を思いっきり振り払った。
勢い余って、払った手が葉留佳にぶつかる。
そのせいで葉留佳がバランスを崩した。
「あ……っ」
気づいたときには遅すぎた。
横にあったパイプ椅子を巻き込み、葉留佳が大きな音を立てて床へと倒れていた。

「…………」
キョトンとした葉留佳の瞳が私を見上げていた。
「はる……」
「……ひどいよ……」
起こそうと伸ばした手が止まる。
「…え…」
「……ひどいよ……お姉ちゃん……嫌いなら嫌いっていってよ――っ」
「ち、ち、ちが……」
起き上がった葉留佳が風紀委員の教室を飛び出した。
「は、葉留佳ぁっ!」
慌てて教室から飛び出るものの既に葉留佳の姿が見えない。

うそ…………。
葉留佳の最後の言葉が頭に響く。
きらい……?
私が……?
葉留佳のことを……?
ち、違う、違うのっ!
あんな風にしていたのは嫌いだからじゃないっ!
好きだからっ……大好きだからっ!
関係を崩したくなかったからああしていただけで……っ!
頭の中で必死に言い訳をしている。
もちろん頭の中の言い訳は葉留佳には伝わるはずもない。
……。
葉留佳には……私の今までの態度がそういう風に映っていたのか……。
また私のせいで守りたい人を前と同じように傷つけてしまった……。
また……前に逆戻り……。
震えが止まらなくなった。
そんな勘違いで大切な人を失うのは絶対にイヤ……っ!
「また何も伝えられないで葉留佳を失うのは……絶対にイヤ……っ」

――私は教室を飛び出していた。

***

おさげ姿を探し回って廊下を走った。
「――直枝っ!」
「二木さん?」
「はぁ…はぁ……葉留佳を、見な、かった……?」
「校舎裏の方に走って行ったけど……」
「そ」
「あ、二木さん!」
「何?」
直枝がハンカチを差し出してきた。
「?」
「目」
自分の目に手を当てると……濡れていた。
涙が次から次へと溢れていた。
「早く葉留佳さんのところに行ってあげないと」
「……ありがとう」

***

――校舎裏。焼却炉の近く。その片隅。
葉留佳が首を垂れ座り込んでいた。
「……やっと……見つけた」
「――……来ないで」
その言葉に足を止めた。
「……私さ」
葉留佳がつぶやいた。
「……私さ、お姉ちゃんと一緒にいれるのがすごい幸せだったんだ」
「お姉ちゃんと一緒に話せるだけで嬉しかった」
「お姉ちゃんと一緒にいるのが本当に楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいのにって思ってた」
「けど……」
ぐすっ、と鼻をすする音。
「お姉ちゃんはさ、違ったんだね」
「やはは…私ばっかり勘違いしてくっついてさ、馬鹿みたいだよね……ごめん……迷惑かけてごめんね……」

「違うッ!!」
叫んでいた。
その声に驚いて葉留佳が顔を上げた。
「私だって葉留佳と一緒にいられて楽しかった!」
「私だって葉留佳と一緒にずっと一緒に話したいし、一緒にいたいのっ!」
「だったらさ、だったらなんで……っ」
「それは……っ」
一瞬、言葉につまった。
葉留佳の涙を零している瞳が私を捉えている。
「私が……葉留佳を……」
「大好きだから……っ!」
『好き』という言葉を発しただけで足の震えが止まらなかった。
これを伝えてしまったら……もう元の関係には戻れない。
「私だってお姉ちゃんのことが好きだよっ! だったら今まで通り――」
「違うのっ!」
葉留佳の言葉を遮った。
「違う、私の好きは葉留佳の好きとは違う……違うの……」
立っていられなくなって私は膝から崩れ座り込んだ。
「え……?」
「私の好きは……」
「愛してるほうの、好き、よ……」
想いが溢れ、涙が溢れる。
「葉留佳のことが好きなの……大好きなの……っ」
堰(せき)を失い、言葉が溢れる。
「葉留佳と話すと胸が苦しくて、けど嬉しくて、けどつらくて……っ」
涙も、言葉も、もう止まらない。
「葉留佳に合わせる顔がなかったのっ! 妹をそんな風に見てしまっているなんて…っ!」
「だから我慢しようとしたっ!」
「だから突き放したっ! 無視した!」
「……けど……けど……っ」
「葉留佳のことが大好きなのっ! 女の子なのに、妹なのに、わかってるのに、どうしようもないほど好きなの……っ! こんなの、こんなのって……うぅ……うう……っ」
もう声が言葉にすらならない。

――座り込み天を仰ぐ私を、温もりが包み込んだ。

「……お姉ちゃんもつらかったんだね」
こくん、と頷くことしかできない。
「……お返しの法則って知ってる?」
ふるふる、と首を振る。
「私が今つけたんだ。自分がね仲がイイ人に対して抱いている気持ちが、その人も同じ風に思ってるっていう法則、だよ」
私を包む腕にきゅっと力が込められた。
「私もね、お姉ちゃんのことがずっとずっと好き……」
「愛してるほうの、好き、だよ」
「はるか……?」
声が漏れた。
「お姉ちゃんに負けないくらい、私もお姉ちゃんのことが大好き」
「証拠、見せてあげる……」

――唇に温かなものが触れた。
「……お姉ちゃん……」
「……んっ……」
そっくりな泣き顔。
その二人のそっくりな唇が、重なっていた。

「……お姉ちゃん、これからも一緒にいようね」
「……うん」
少し離れた後、再度唇が重なった。