#こんなに近くで……
いつもの昼休み。いつもの木漏れ日の木の下。
「西園さん、今日も来ちゃったよ」
「……またですか」
本当は直枝さんが来てくれたことがどうしようもなく嬉しいのに、そんなことを言ってしまうわたし。
「では、どうぞ。本日の直枝さんの分です」
「おにぎりだね」
「いいえ、おむすびです」
「どう違うんだっけ?」
「……仕方ありません。直々にわたしがレクチャーするとしましょう。三角が……」
いつもの昼休み。いつもの木漏れ日の木の下。
「西園さん、今日も隣いいかな?」
「……断っても座るじゃないですか」
そそくさと体をずらすわたし。嬉しさに頬が染まる。
「では、どうぞ。本日の直枝さんの分です」
「おむすびだね」
「……昨日も言ったように、おにぎりです」
「あれ、どう違うんだっけ?」
「……溜息も枯れそうです。仕方ありませんので、またわたしがレクチャーするとしましょう」
「西園さん、いきいきしてるね」
「……いきいきなんてしてません。直枝さんがわかってくださらないので困り果てているところです」
――毎日と繰り返されるなんでもない時間が好きだった。
他の誰でもない彼と共にする時間が好きだった。
横で微笑んでくれる彼の笑顔が好きだった。
笑いかけてくれる彼を見たくて、わたしもいつになく饒舌(じょうぜつ)になる。
彼が笑いかけてくれるから、わたしも笑顔になる。
彼のことが、心から好きだった。
幾日が過ぎ行き想いが募る。
そして冬が訪れ、中庭の時間は止まり。
想いを伝える時間も止まり。
春が訪れ、中庭の時間が動き出した。
いつもの昼休み。いつもの木漏れ日の木の下。
「西園さん、久しぶりに一緒していいかな?」
「うみゅ…学食以外は初めてだぞ」
「……どうぞ」
直枝さんには鈴さんという素敵な恋人ができた。
「……直枝さん、おむすびです」
「うん、ありがと」
「……」
「どうしたの? 西園さん?」
「……いえ、鈴さんもどうぞ」
「ありがとうだ、みお」
「あ、そうだ。西園さんにお礼にサンドイッチを持ってきたよ」
「……」
「どうしたの?」
「……なんでもありません……」
「調子が悪かったら、無理しちゃダメだよ。ね?」
「……はい」
彼のいつもの優しい笑顔。
いつものさり気ない笑顔ですらわたしの胸を締め上げていく。
こんなにも近くで見つめていたのに。
どうしてわたしはただの友達なのでしょうか……。
もう、どんなに強く想ってもこの気持ちを……伝えられません……。
いつもの昼休み。いつもの木漏れ日の木の下。
「西園さん、今日は僕一人だけど、いい?」
「……はい」
「……」
「元気ないよね?」
「……ただの寝不足です」
慌ててあくびをして涙を隠す。
一番大切な人に嘘を重ね、自分の気持ちに嘘を重ね、必死に彼の側にいられることを守ろうとしている滑稽なわたし。
きっと……好きという気持ちが知られたら、彼の側にはいれない。
だから、友達のまま…悲しい笑顔を浮かべる。
初めて出会ったあの日々まで戻れればどんなに良いのでしょう…。
直枝さんが去った後、呟いた。
「……直枝さん、大好きです……」
届けたい気持ちは、青空へと吸い込まれていった。