#シチュ:葉留佳が佳奈多に名前を可愛く呼んでもらいたいようです。
「――おねえちゃん、お邪魔していい?」
「はあ…」
書類整理の手を休め、開けられたドアへと顔を向ける。
「どうせダメって言っても入ってくるんでしょう?」
「やはは、しゃこーじれーってヤツですヨ」
頭をポリポリとかきながらドアから入ってくる葉留佳。
――近頃、寮長室に私一人になる時間を見計らって、葉留佳が遊びに来るようになった。
「はあ…」
葉留佳が来ると、作業効率が落ちるのよね…。
「……」
「……」
静かな時間が流れる。
私は長机に座って書類整理。
葉留佳は私のすぐ隣で、暇そうに長机にべったりほっぺたをくっ付けている。
「……」
「………………」
こそこそと手を伸ばして、置いている書類を動かそうとしている。
まったく…。
暇になるってわかってるでしょうに。
――ぺちっ。
「あうっ」
そのイタズラしようとしている手の甲を叩く。
「うあーん、おねえちゃんヒマーヒマヒマー!」
「なら他の人のところにでもいけば?」
「ううー……」
「構って構って~」
今度は葉留佳が二の腕を抱きしめて頬を擦り付けてくる。
「……」
無言で葉留佳を引き剥がす。
「うわっ、おねえちゃんのサドっ! サディスティック! サディスティックかなちゃんっ」
「なんとでも言いなさい」
ここで反応したら葉留佳の思う壺なのよね…。
いつもここで私が反応を返してしまうから、仕事がはかどらない。
私の気を惹こうと試行錯誤している妹を横目に書類整理に戻った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ねえ、おねえちゃん」
「……」
「……なに?」
「私のこと、呼んでみて」
「はぁ?」
「いいから呼んでみて」
ホント、葉留佳が言い出すことはいつも突拍子もないわね…。
……まあ、それくらいならいいか。
「葉留佳」
「これでいいかしら?」
「……」
なぜか葉留佳は難しい顔つきをしている。
「なんかこう、愛情こもってますーって感じが出てないなー」
「――ねぇ、おねえちゃん」
葉留佳がズイと顔を寄せてくる。
この顔…ロクでもないことを言い出す兆候ね…。
「…なによ?」
「ちょっと私のこと『はるにゃん♪』って呼んでみてくださいナ」
「はぁっ!?」
「ねーねー、一回でいいからさ『はるにゃん♪』って呼んで」
「嫌よ」
「えぇーーーっ!!」
「ヤダ、呼んで呼んで呼んでーっ、おねえちゃんに『はるにゃん♪』って呼ばれたいーっ!!」
隣で駄々をこね始めた葉留佳!
今日はいつも以上にタチが悪いっ!
「絶っ対嫌よ、そんなの」
「ん~~~~っ」
「膨れてもダメ」
「おねえちゃんのケチっ」
「ケチで結構」
「……」
「……」
「……わかった」
ガッカリしたように俯く。
はあ、ようやく――…。
「呼んでくれないなら、今度みんなの前でおねえちゃんのこと『かなかな♪』って呼んじゃうからっ」
「い、嫌よ、そんなのっ!」
そんなことされたら、他の人たちからどんな反応が返ってくるか!
「そんな呼び方、死んでも嫌」
「……………………」
断った途端、泣きそうな…とても悲しそうな顔に早変わりする葉留佳。
「……」
「ねぇ、葉留佳?」
「…………おねえちゃん、ごめん。わがまま言っちゃって」
「……」
まるで月から池まで落ちてしまったようなテンション。
「…えっと…」
言葉につまる。
私、大人気ないわね…。
ちょっと名前を呼んであげればいいだけなのに…。
……。
今まで私にはいつも気を使っていた葉留佳。
まるで腫れ物に触るような…手探りのような…そんな接し方だった。
……そうだ。
わがままを言うようになったのはいい兆候なのかもしれない。
「……わかった、一回だけ」
「え、いいの…?」
「仕方なくだから」
「うわ~いっ」
「もう……ホント仕方ない子ね」
その屈託のない笑顔を見ると肩の力が抜けてしまう。
「んじゃね、どうせ一回だけなんだし、思いっきり気持ち込めてくださいヨ」
「わ、わかったわ」
まあ、どうせやるならダメ出しだされないように思いっきりやってやろう。
「じゃ、じゃあ…いくわよ」
「はいっ」
「……」
「……」
「ちょ、ちょっと待って」
「ええー」
大きく息を吐いて、呼吸を整える。
やっぱりいざとなると恥かしいわね…。
「こ、今度こそ行くわよ」
「来てっ」
「うぐぐ……コ、コホン――」
(――ガラガラガラ~。)
(「……あの、どなたか――」)
「ね~ぇ、はーるにゃん♪」
あぁぁぁぁぁーーーっ!!
はっ、はっ、恥かしいーーーっ!!
「なーに、かなたん♪」
「…うぐぐぐぐっ」
「……」
目の前には満面の笑みを浮かべる葉留佳。
あぁーもうっ!
恥かしすぎて葉留佳から目をそらす。
今の私はきっとゆでダコも驚くほど頬が染まっていることだろう。
もう一度葉留佳を見ると……。
入り口の方を見ていた。
「どうしたのよ?」
それにつられて私もそちらに目を向けると…。
「…………あのっ、お、お邪魔でしたか」
「みおちんっ!?」「西園さんっ!?」
入り口には、驚きの表情で桃色の頬をおさえた西園さんが立っていた!!
も、もしかして聞かれたっっ!?
「え、ちょっ……あっ…いっ、いいい、今のは……っ」
自分でも分かるくらいに動揺をしている!
おお落ち着きなさい、落ち着きなさい佳奈多!
――すぅぅ、はぁぁ、すぅぅ。
…そうよ。
相手はあのメンバーには相応しくない、良識に溢れた西園さんだ。
言えば分かってくれるはず。
「今のは――」
「……百合、百合もいいのではないでしょうか」
西園さんは頬を染めながらイヤイヤしていたっ!!
「なっ、ななななっ!?」
しかも勘違いの方向性がメチャクチャおかしい気がするっ!
「だっ、だから、今のは――」
「大丈夫です、言わずとも理解しています」
「……わっ、わかってくれているならいいけど」
ひとまずその言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
「……マリみて然り、ただでさえ美少女同士の百合は人気が高いのに」
「加えて双子と言う禁断の愛」
遠くを見つめる西園さんの瞳。
「その壁は厚く、二人っきりになれる場所を探しては愛を語らう…」
「夕方の校舎、寄り添う二人」
「『ねぇ、はるにゃん……なぁに、かなたん……』」
「肩と肩が触れあい、どちらからともなく手の上に添えられるもう一つのそっくりな手」
「いつしか二人は……」
「……」
「これは完璧ですっ」
「って、ちょちょちょちょちょちょっとっ!?」
なにやらわけの分からないことを興奮気味に語り続けているっ!!
「……はっ!? こうしてはいられません!」
「……この情景が鮮明に心に残っているうちに原稿用紙に描き留めねば!」
「……では」
「ごゆっくり……ぽ」
――スタタタタタタタタターッ!
「え、うそ!? 西園さんっ!? 西……」
「やはは、走って行っちゃったね」
「……」
「絶対今の勘違いしてたよね」
「……」
「いやー、まーいいじゃないですかっ」
「……」
「ありゃ、おねえちゃんどうしたの? そんな絶望的な顔して?」
「……」
「いいじゃん」
「私、おねえちゃんのことダイスキだよ?」
「…………」
「え、いひゃひゃーーーーっ!? む、無言で口引っぱんなないでーーーっ!!」