――理姫の誕生日当日。
「ふふっ」
「理姫、朝から嬉しそうだね」
朝の登校時間。
いつも一緒に登校しているけど、今日の理姫の足取りは一段と軽い。
「うん、だって」
「……」
横に並んでいる理姫が僕の横顔を期待のこもった目で見つめてくる。
大きな瞳をパチクリとさせて僕の言葉を待っている理姫。
もちろん理姫が何を言ってほしいのかわかってる。
「……」
「……な、なに?」
一瞬上ずっちゃったけど、なんとかやりすごせたかな。
「ううん、なんでもないよ」
「今日もいい天気だね、お兄ちゃん」
「うん」
一瞬ガッカリしたような表情になったけど、すぐにさっきまでのウキウキとした表情に戻っていた。
教室に入って、それぞれの机に座って鞄を置いたときだ。
「理姫ちゃ~ん、おはよ~」
「小毬ちゃん、おはよう」
「わぁ、理姫ちゃんから幸せさんオーラが出てるよ~」
「ふふっ、そう?」
「うん~。だって今日は……ほわぁっ!?」
はっと口を押さえて、どどどどうしよう、という顔を僕のいる方に向ける!
あからさまにこっちを見ないでよーっ!
やっぱり隠し事は小毬さんには難しいようだ!
僕は指を口元に当てて、シーッとジェスチャーで伝えることしか出来ない。
「どうしたの?」
小毬さんの慌てる様子を見て理姫は不思議そうに首を傾げている。
「ううううん、な、なんでもないよ~っ! 今日もとってもいい天気ですねっ」
「うん、今日もとっても気持ちいい日だね」
理姫が一瞬だけ困ったような表情になったけど、そこからはいつもの世間話になったようだった。
――授業の間の休み時間。
「お兄ちゃん」
理姫が僕の机の前の席に腰を下ろした。
腰を下ろした後、自分のポケットをポンポンと叩いて「うん」とか言っている。
……?
「どうしたの、理姫?」
「えっとね」
「……」
「……」
今朝みたいに期待のこもった目が僕に向けられている。
いつもは自分からは何も言わない理姫だけど、今日は目で一生懸命訴えかけてきている。
そんな目で見られるとついつい「お誕生日おめでとう」と言っちゃいそうになるけど、ここは我慢っ。
「……」
僕はわざと目を逸らした。
「ぁ…」
小さな声。続けて。
「お兄ちゃんの負け」
「?」
「今の、にらめっこ」
…あれ?
下を向いた理姫、ちょっと膨れてる?
「もう、それならそうと言ってよ」
「…」
僕と目線を合わせたくないのか、理姫はシャーペンを持ってノートの隅にラクガキを始めた。
「そろそろ予鈴がなるよ」
「じゃあ、自分の席に戻るね」
「うん」
ノートの片隅には……イチゴのラクガキが残されていた。
――昼休み。
いつものように理姫が僕の机の前の席に腰を下ろした。
「理姫?」
「……」
無言でお弁当を僕の机に広げている。
しかも、いつもはデザートの器は僕と理姫のお弁当のちょうど真ん中に置くのに、今日はデザートの器が理姫の手元側に置かれている。
「ねえ、理姫?」
「……む~」
やっぱりさっきのは気のせいではなかったようだ。
理姫、ちょっとスネている。
こんな理姫は初めて見た…。
ほっぺは膨らんでるし、口先もちょっとだけとがっている。
こう言ったら怒られるけど…可愛らしかった。
そろそろ次の段階だ。
「理姫」
「……」
「今日さ」
「……」
「学校が終わったら、一緒にどこかに行こっか」
「えっ?」
僕がそういった瞬間、箸がピタリと止まった。
「ホント?」
「なんでウソつかなきゃいけないのさ。放課後は空いてる?」
「うん」
さっきまでの表情がウソのように明るくなった!
「どこか行きたいところはある?」
「うんっ、お兄ちゃんがいいなら色々行きたいな」
いつものようにポンと胸の前で手を合わせ、嬉しくて仕様がないといった顔だ。
「うん、そうだよね」
一人で理姫は嬉しそうに何度も頷いている。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
そんな嬉しそうにしている理姫を見ると、僕まで嬉しくなってくる。
「はい、オムレツ。とっても美味しくできたんだよ。いっぱい食べてね」
「あとデザートはイチゴ。とっても甘いよ」
「あ、コアラのマーチがあるから、今持って来るね」
「わわわ、そんなに僕の方に移されても食べれないからーっ!」
理姫は一気にトップギアに入っていた…。