#鈴と佐々美はライバル関係。いつも顔を合わせるたびにバトル。
「うわっ!? さしすせささみっ!!」
「さしすせささみ……ですって!?」
――ソフトボールの練習を終え、帰ろうとしていたときのこと。
野球の練習を終えて、ブラブラしていたであろう棗鈴に会ってしまった。
また棗鈴ですの!?
「いつもいつもわたくしの行く先々に現れて、なんのうらみがあるのですの」
「それはあたしのセリフだっ」
チラチラチラチラ、いつも視界のどこかにいて本当に気に食わない奴ですわっ!
これだけ会うと意識するなと言うほうが無理ですわね。
きっと棗鈴も同じですわね。
いつもわたくしが半径50mにいると気付きやがりますし。
棗鈴に気付かれるのを気付いて、わたくしから仕掛けることもあるくらいですわ。
「ん? もしかしておまえ」
「なんですの?」
「あたしのストーカーなのか?」
「むっきーーーっ!! それはわたくしのセリフですわっ!!」
「わかりましたわ……」
ゆらりと構えを取る。
「今日こそ決着をつけてやらねばならないようですわね」
「ふん…望むところだ」
棗鈴もいつものように構え。
………………。
にらみ合うこと30秒。
ジリジリと自分の間合いを取り……。
「先手必勝ですわっ!!」
地面をタンと蹴り、一気に棗鈴との距離を縮め――。
――ガッ。
「あ…」
足が引っかかって…。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
――ぽふ~~~んっ
つまづいてバランスを崩してしまいましたわ…。
あら、けどわたくし……?
恐る恐る目を開けると。
「……」
「……」
棗鈴がわたくしをしっかりと抱きとめていた。
「……」
棗鈴も驚いたような顔でわたくしを見つめている。
突然のことで反射的に抱きとめてしまったのかしら?
な、な、な、なんですの…?
どちらも突然のことに固まってしまっている!
けど…。
フワリといい香りが漂ってくる。
温かいですわ…。
柔らかく、優しく包み込まれている感触が体全体に広がっていく。
――とくん、とくん、とくん、とくん。
これは棗さんの胸の音…?
わたくしの胸に規則正しい音が伝わってきますわ…。
見つめ合ったまま固まっている。
どっちも息すらもしないで見つめ合っている。
棗鈴の赤色の綺麗な瞳にわたくしだけが映っている。
………………。
…………。
1分くらい立ったように感じるけど、きっと10秒程度。
棗さんがようやく声を上げた。
「……う」
「うわぁあぁあぁーっ!? は、放れろーーーっ」
「きゃっ!?」
棗鈴に突き飛ばされたっ!
「な、なにをするんですのっ!」
「そそそそそそそれはあたしのセリフだっ!!」
身を縮めながら真っ赤になって噛みまくっている棗鈴。
「ささみ、くちゃくちゃフカフカしててネコみたいで…」
腕を胸元ですぼめながらわたくしに目を合わせないようにしている。
「さ、最悪ちゅーの最悪まくりだっ!」
「さ、最悪ですって!?」
「しょ、しょーぶはおあずけにしといてやるっ!」
それだけ言うと、棗さんは走り去っていった。
……。
「なんですの…?」
さっきの……感触がなぜか抜けない。
「なんなのですの……?」
妙にクセになりそうな感触だけが手元に残っていた。
――次の日。
ソフトボールの練習を終え、着替えに戻ろうとしたときだ。
「ささみっ!!」
「棗鈴!!」
また棗鈴ですの!
「……」
そのまま動かない棗鈴。
「な、なんですの?」
しばらく黙っていたかと思ったら、ビシッとわたくしに人指し指を向けた。
「き、昨日のしょーぶの続きだっ!!」
「い、いいですわよ」
二人ともぎこちない。
な、なんなのかしら…?
棗さんを見て何かを期待しているわたくしがいる気が……。
「「勝負っ!」」
「……」
「……」
変な空気が二人の間に流れている。
いつもと違って、叩きに行きにくいですわね……。
昨日のことが頭をよぎる。
棗さんは嫌いだけど、もう一回くらいなら……。
って何を考えてるんですの、わたくしは!!
「ええーいっ、喰らいなさいっ!!」
頭から考えを振り払うように思いっきり棗鈴に突っ込む!
けど。
――ガッ。
「あ…」
足が引っかかって…。
「きゃっ!?」
「ささみっ!?」
――ぽふ~~~んっ
「……」
「……」
ま……。
また……。
棗さんに飛び込んでしまいましたわ……。
わたくしの手は、棗さんの首に回っていて。
棗さんはわたくしをしっかりと抱きとめている。
心地よい温かさに力が抜けてゆく。
体の力が抜けるにしたがって、棗さんの柔らかさが身を包み込んでいくのがわかる。
とても心地よいですわ……。
――とくん、とくん、とくん、とくん。
棗さんの鼓動とわたくしの鼓動が同じタイミングで鳴っていますわ…。
次第に呼吸するたびに動く胸も、わたくしと同じタイミング。
まるで一つに溶け合ってしまったかのような感触。
つい、首に回した腕で棗さんを抱きしめそうになってしまった。
は、離れませんと。
「……」
「……」
真っ赤になってわたくしから目を背けている棗さん。
けれど棗さんの腕は。
――きゅっ…。
しっかりとわたくしを抱きしめている。
「うみゅ……」
わたくしも手を回して棗さんをそっと抱きしめた。
異常な状態だとわかってますが……。
このクセになりそうな感覚から抜け出せませんわ……。
棗さんも同じなのだろう。
わたくしの背を棗さんの手がぎこちなく動いている。
「その……ささみ」
「な、なんですの…?」
「なんか、こうしてるとな……」
棗さんの高鳴った鼓動が、わたくしの胸に直接伝わってきている。
「くちゃくちゃ気持ちくて……その……ささみと…………」
「……」
言葉が止まった。
わたくしは。
言葉を催促するように、棗さんをきゅっと抱き寄せた。
「ささみと……ずっとこうしてたい……って思ったら変なのか……?」
「変ですけど…わたくしもそうしていたいですわ……」
「……これからも……」
耳元に棗さんの熱い吐息が掛かる。
「…たまにささみをきゅっとしていいか?」
「…わたくしからお願いしたいくらいですわ」
――それからのわたくしたちはというと。
「棗さん、ようやくソフトの練習が終わりましたわっ」
――ぽふ~~~んっ
「うわっ、汗かいたまま抱きつくなっ」
「お嫌でしたら部屋に戻ってお風呂入ってきますわよ?」
「……うーみゅ、こまりちゃんに怪しまれちゃうだろ」
困ったように眉をひそめる棗さん。
「このままで…いい」
いつものように棗さんが恥かしがりながらわたくしを抱き寄せる。
みんなに隠れてのこの時間。
これが一日で一番楽しみな時間ですわ。