【SS】サヤちゃんのヤキモチ【だがしかし】
#シチュ:駄菓子屋の息子ココノツと、喫茶店の娘のサヤは幼なじみ。
サヤはココノツのことが好きだけど激ニブのココノツは気づきもしなかった。
そんなとき、ココノツの元に駄菓子マニアのほたるちゃんが現れ、毎日のようにココノツのところに顔を出していた。
夏休み。午後2時の喫茶エンドウ。
誰もいない店内。
珈琲の香りとボリュームが絞られた静かなピアノ曲。
昼時の客が引いて片付けを終えた後のこの時間は、サヤにとってくつろぎの時間であった。
クーラーの効いた店内で、熱い珈琲をお気に入りのマグカップにコポコポと注ぎカウンターに腰を下ろした。
「あれからずっと使ってんな……」
クールなサヤには少し不釣り合いな可愛らしいマグカップ。
それを触るサヤの手つきは愛おしい物を触るかのように優しい。
去年の誕生日に、幼なじみのココノツからもらったものだった。
スマホをエプロンのポケットから取り出し、ギャラリーを遡る。
「これこれ、懐かしー」
サヤとサヤの兄貴、それにココノツが満面の笑みでホールのケーキと一緒に写っていた。
「あの時、ホールケーキが嬉しかったけど、最後の方は甘くて食べられなかったんだよなぁ」
結局サヤがギブアップし、ココノツが完食したのだ。
次のページからは何度も撮り直したこのマグカップの写真だ。
「何枚撮ってんだアタシ……」
11枚だった。
(アイツからの初のまともなプレゼントだったし、しょーがないだろ……)
あの時のテンションを思い出すと未だに顔が熱くなる。
さらにギャラリーをめくる。
――秋。
アイツと無駄に湖に行った時の写真。
兄貴とアイツが猛烈な勢いでアヒルを漕いでいる写真、アイツが笑顔でピースしている写真。
それと兄貴から送ってもらった、アイツとアタシがアヒルを漕いでいる写真。
写真から二人の笑い声が聞こえてきそうな――そんな生き生きとした表情の二人。
――冬。
アイツと鍋をした時の写真。
青森の名物(?)とかいうせんべい汁だ。
あのおせんべいが入っている鍋。
アイツに教えず、鍋を開けさせた時のびっくりした表情が写真に収められていた。
あと、こたつでアイツとアタシが並んで鍋をつついている写真。
アタシ、ヤバイ幸せそうな顔してんじゃん……。
――春。
桜満開の写真。
お花見に行った時の写真だ。
アタシがアイツを待たせてしまって、頭の上に桜の花びらが何枚もついていた写真。
爆笑したっけ。
あとアイツと兄貴が千本くじでガチで悩んでいる写真だ。
二人してPS4をあててやる!と言って、シンプソンズのパパのぬいぐるみを引き当てたときの写真ももちろん収めてある。
アイツがアタシが作ってきた弁当を食べてるときの写真もある。
いい笑顔してんじゃん……。
アイツに「美味しいね、サヤちゃん」と言われて焦った時の顔も兄貴に激写されて、送りつけられたわけだけど……それも何やかんやで取ってある。
――夏。
アイツと、女の子が写っている。
アタシじゃない。
枝垂ほたるちゃんだ。
アタシの友達。
夏にココノツのところに突然顔を出して、そこから良くみんなで遊ぶようになった。
アタシより断然女の子らしいスタイルで。
アタシより断然可愛らしい。
次もココノツとほたるちゃん。
二人とも楽しそうに駄菓子を頬張っている。
次もココノツとほたるちゃん。
なんで二人でチャンバラごっこなんてやってるんだか。
どっちも楽しそう。
次もココノツとほたるちゃん。
いい年してジャンケンマシンにハマっている二人の様子が収められていた。
どっちも活き活きとしている写真だ。
変わってるけど面白いし、一緒にいても飽きないアタシの友達……。
「……はぁ……」
サヤから自然と深い溜息が出ていた。
「どうした、妹?」
「うなぁあぁあぁぁぁ!? あ、あ、兄貴っ!? いいいいつからそこにっ!?」
「部屋から下りてきてお前がため息付いてるところ」
兄、トウが焦れったそうにその金髪をボリボリと掻いた。
「告れば?」
「ブフーーーッ!?」
「どぅわっ、珈琲吹くなよ!? かかったじゃぇかっ!!」
慌てて兄がカウンターに布巾がけだ。
「だっ――ゲホッゲホっ、だって、ゲホッグホッ…むせ、むせたっ」
「だっておまえ、バレバレだろ。ココナツは鈍いから全く気づいてないけどよ」
「え、な――ゲホゲフッゲホッ……いや、そそそんなんじゃないし……」
最後の方はそれこそ蚊の鳴くような声でほとんど聞こえないようなものだ。
「はぁあぁあぁぁぁ~~~……まぁいいけどよ。――コレ」
トウが2枚のチケットを差し出した。
「なにこれ? 映画のチケット?」
「ココナツと二人で行ってこいよ」
しばらく2枚のチケットを見つめていたサヤだったが。
「つーかウチに映画館ないじゃん。隣町行かないとないじゃん」
「だから隣町まで二人きりでバスの旅になんだろ」
「……」
「…………」
「………………~~~~~~」
本人は隠しているつもりだろうが、サヤの顔はめっっちゃくちゃ嬉しそうだった!
「よしっ! ココナツにそれ渡す練習しようぜっ」
「んなことしなくていいって」
「そー言ってできないのがおまえだろーがよ。いいからやってみろって」
「そ、そう? んじゃ――」
一呼吸ついたサヤが、映画チケットをトウに差し出した。
「映画にさ……」
満面の笑みが咲いた。
「一緒にいこっ♪」
嬉しさが零れそうな、幸せを目一杯にした愛くるしい笑顔だった。
「…………」
「……ど、どう? いい?」
「……やべぇ……まじやべぇ……兄だけど、ときめいちまった……」
「…きしょ…」
ガチの顔だった……。
――カランカラン。
喫茶店のドアが開けられた。
「いらっしゃいませ――あ、こ、ココナツ」
「サヤちゃん、こんにちは~」
入ってきたのはココノツ。
「ちょっとココノツ君、ここは私が華麗なポーズで入店するところじゃないかしら?」
と、ほたるだった。
最近のいつも通りだ。
「二人ともいらっしゃいー」
二人がいつものようにカウンターに座り、サヤとトウがカウンターの内側へ自然に移動する。
「二人とも、今日も珈琲でいい?」
「あ、いや、実は――」
「いいわココノツ君、私が話すわ……」
某暴走ロボットの司令のように手を組み神妙な顔つきをするほたる。
「あれはついさっきのことよ……。今日はウメトラ兄弟について熱いディスカッションしてたの……」
「あんたらそんなディスカッションしてたの……」
サヤは呆れ顔だ。
「けどその個数のディスカスになった時よ! 私が「三兄弟なのに4個入りなのはおかしい」と言ったらココノツくんが「え、3個だよ」って言うじゃない!?」
ダンとカウンターを叩く。
「私が子どものころ、毎日のように疑問に思っていた『3兄弟なのに4個入り』問題なの! 確信があったから調べることにしたわ、もちろん。私は自信満々だったから「なんでもするわ」って言ったの。それでウメトラ兄弟を見たら――サヤ師、どうだったと思う!?」
「え? 3兄弟だから3個じゃないの?」
「そうなのよっ!!」
顔を両手で多いおめおめとし始めた。
「確かに昔は4個入りだったの! なのになぜ! なぜ3つになっちゃったのよ!!」
「今から5年位前かと思うけど、4個から3個になったんだよね。不況の煽りだと思うよ。そんなわけで……」
ココノツが笑顔を崩した。
「今日はほたるさんにパフェをおごってもらうことにしたんだ。サヤちゃんのとこでも滅多に食べれないしね」
「サヤ師、ここにある一番高いパフェをココノツ君にお願い! 払いはカードでいいかしら!?」
「現金でお願い……。んじゃ、ジャンボチョコパフェだけどいい?」
「うん、お願いするよ」
サヤはチョコパフェを作り始めた。
カウンターで途切れることのない会話に花を咲かせるココノツとほたるを背に。
***
「――はいよ、ジャンボチョコパフェ。食べきれんの、ココナツ?」
ココノツの前に、ゴトリと30センチはあるパフェが置かれた。
「コ、ココノツ君、なにこれ……! パフェの上に……上に……マカロンが乗ってるわっ!?」
「そうそう、これは喫茶エンドウ、というかサヤちゃんの本気が見られるパフェなんだ。マカロンとキャラメリゼのアーモンド、チョコクッキー、風味のあるバニラにふんだんにチョコレートシロップがかけられた一級品だよ。ほら見てみてよ。中もクリームとチョコの層の間にキャラメルも混ざっているんだ」
「そ、そう……」
「……そんなヨダレ出しながらガン見されても……」
「そ、そう……」
「さすがにこの量は一人だと大変だし、ほたるさんも一緒に食べようよ」
「え、いいの!? 一緒に食べてもいいのっ!?」
ピクリ、とサヤの肩が反応した。
「いいよ。というかそもそもほたるさんのお金だしさ。サヤさん、もう一つスプーンをもらってもいい?」
「……え? ああ」
「はい、ほたるさん。あ、僕からだからね」
「わ、わかってるわ……」
「じゃあ、このアーモンドキャラメルの部分から……」
「ああっ!?」
「……じゃあ、こっちのチョコの方から。パクっ……おおっ!! これはっ!!」
「わ、私もいいかしら!? こ、このアーモンドキャラメルの部分いいかしら!?」
「……最初からそこ狙いじゃん……」
「そんなことはないわ、絶対に! では早速……はむっ……はぁっ! こ、このキャラメルの香ばしさとアーモンドのハーモニー……それにチョコがまじり……」
「うわ……ほたるさん、すんごいヤバイ絵面になってるよ……あ、次僕はマカロ」
「ああっ!?」
「……」
「……」
「……さすがにこれは一つしかないし、半分こにしようよ」
「ええ、いいわ。けどマカロンは粉砂糖の固まり…崩れやすいから、私が半分食べた後にココノツ君よ」
「わかった、それでいいよ」
「…………はむっ……はぁあぁ……少し歯で触れるだけで崩れる歯ごたえ、舌の上でとけるお砂糖……はぁあぁ……。満足よ。ココノツ君、ほら、あ~~~ん。ほら、口を開けなさい。あ~ん」
――ガチャンッッッッ!!
サヤが。
お気に入りのマグカップを床に叩きつけていた。
――――………………。
静寂が喫茶店を塗りつぶしていた。
砕け散ったマグカップのかけらがトウの足元で動きを止めた。
「……………………あ………………」
サヤが声を漏らした。
何をしたのかわからない、そんなキョトンとした顔。
「…………ッ!」
だが即座に全速力とも言える喫茶店から飛び出していった。
「え……? サヤ……ちゃん……?」
残された二人はただただ呆然と座っていたが。
――ビシッ!
トウのデコピンがココノツに飛んでいた。
「おまえなぁ……。――悪ぃ、あのバカのこと追っかけてやってくれねぇか?」
「え……あ……うん!」
きっとまだ何が起こったのかわかっていないココノツだが、すぐさま喫茶店から飛び出していった。
「ほたるちゃんは悪ぃけど、片付け手伝ってもらえねぇか?」
***
防波堤の上。
そこにサヤは膝を抱えて座っていた。
なにやってんだ、アタシ……。
涙が止まらなかった。
なんなんだ、アタシ……。
胸が張り裂けそうだった。
なんでこんなことになったんだよ……。
つらかった。
ひたすらにつらかった。
「……――サヤちゃ~~~~んっ」
遠くからココノツが駆けてきた。
「くんなっ!!」
「ハァッ…ハァッ…ようやく見つけたよ」
くんな、といったのに横に座ってくるココノツ。
「サヤちゃん、えと……急にどうしたのさ?」
「……くんな、っつたじゃん……」
サヤの目はココノツを向くことはなかった。
「ご、ごめん。サヤちゃんが心配だったから……」
「……」
「……」
「……ほたるちゃんってさ、可愛いよね」
「? いきなりそんなこと言われても困るけど、まぁ、可愛いとは思う」
「……だよね」
膝を抱える腕にギュッと力がこもる。
「……」
「……」
「……ココナツさ」
「……うん」
「……ほたるちゃんのことさ」
「……うん」
「………………どう思ってたりすんの?」
「どうって言われても。変人だよね」
「……そういうんじゃなくてさ……」
「うーん、そう言われても友達は友達かな」
「…………友達……か」
「うん」
「…………なんかそれ以上とかじゃなくて?」
「あははは、それはないないっ! 絶対ない!」
「……ない? 絶対?」
「ないない」
サヤが、ココノツを見た。
「そっか……」
サヤから深い深い、力が抜けるようなため息が漏れた。
「ココナツってさ」
「うん?」
「バカだよね」
「はぁぁ!? いきなりなんでそんなこと言われなきゃいけないの!?」
ごそごそとポケットを漁るサヤ。
「ん」
ココノツに向けて紙切れを差し出した。
「んっ!」
「な、なにこれ?」
「映画のチケット。見てわかんないわけ?」
「え、えーと……」
「アタシと映画に行ったら許してやる」
サヤはココノツを見てはいなかったが、その顔は耳まで真っ赤だった。
「え!? あ……いや……よくわかんないけど、わかった」
「ココナツってさ」
「うん?」
「バカだよね」
「はぁあぁあぁ!?」
「あはははははっ! 約束だからな、忘れたら殺すからっ! ほら、ほたるちゃんも心配してるだろうし、戻ろ!」
「いや、え!? なんで僕サヤちゃんにそんなにバカバカ言われてんの!? あ、待ってよサヤちゃんーっ!」
ココノツを見つめるサヤの顔はどこか嬉しそうだった。